何故、「衣」が先なのか。

突然ですが「衣食住」って、何故「衣」からなんだろう・・・って思いませんか?

災害など、人は生命の危機に陥った時は先ずは食。そして、安全に居られる場所=住。そして着るもの・・衣っていう順番なのにね。

最近思うのですが、やっぱり人は「見た目」ってところってあるよな~って思うんですよ。

誰でもが、その人らしい格好してますよね。良くも悪くも。意識しなくても、我々はその人の格好でその人自身がどんな人かを判断しているところがある。

かつてホリエモンが野球球団を買おうとして叩かれた時にTシャツだから駄目なんだ、楽天の社長みたいにネクタイ締めてたらあれほど騒ぎにならなかったのに、という記事をどこかで見かけたことがありますが、あながち的外れでも無いような気がしている。

まあ、今時、好きな格好を皆すればいいんだって思うんだけど。

衣服にはTPOがあるのも確か。特にフォーマルの装いってものは決まりというよりも、他の人への気遣いというかサービスと捕らえた方が分かりやすいと私は思います。

特に年齢を重ねると、意識っていうものが外見に直接表れるから恐ろしい。

ちょっと気を抜くと、だらしなくなったり、貧相な感じになったりする。

だから、「衣服住」という順番になったんではないか・・と勝手に思ってるのですが、如何思いますか?

中年以降の服装って、ドンドン難しくなる。単純にブランド物をお金かけてそのまま着るというのも、よっぽど上手じゃないとお洒落とはチョッと違うような感じが醸しだされるし、実に難儀である。

実は私、「いかにも手作り系」の服っていうのも苦手なんですよ・・

そこで、自分と同じように有り物で納得できない人の為の服を作るのも始めようかなって思ってます。

採算合わなくなると困るので、ベースの工賃は死守しつつ臨機応変の価格設定で。どっちかっていうと「なんでもや」的な発想で面白いこと出来ないかな~

と考えているところです~

 

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服飾作家ぜんばやしの贅沢な自給自足的生活

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