”視ること”から始まる、アート社会変革の実践的な話。

カメラ・オブスクラ3 京都イベント情報・訪問記

最近、Impact Hub Kyotoイベントに注目している。まーしぃが企画部門に入ってから、何だか自分のアンテナに引っかかるテーマが断然多くなったような気が。単純に興味の方向が近いということか。

先だっての土曜、中立売のHub Kyotoではなく別場所(会議船バッブンカッ!停泊所)で行われたワークショップに参加してきました。内容の説明はコチラ→“Fototaxia -失われた軌跡を求めて”- ブラジルの写真家、ミゲル・チカオカと”光”に触れる=「視る」ことの本質的体験

詳しい説明は上記リンクを見ていただくことにして、ソコソコお値段のするこの講座に行くことにしたのは「写真の古典技法」を実際にワークショップで行う・・ということだったから。前々から、ピンホールカメラには凄い興味あったんだよね。

かつて写真家・原久路氏との共同制作で、お互いの労働への報酬は無し(+お互いの名前は出さない制作)の交換条件で作りかけのまま放置(妊娠したので・・)のブロムオイル作品が実はあるのだ。結構、古典技法は何でも好き。やってみたいんだよね。

今回ブラジルでは3日くらいかけて行うワークショップを、1日に圧縮して行います。ということで、凄いてんこもりの内容でした。導入だけになったけど「アンソタイプ」と呼ばれる印画法、意外とお手軽に行えるのに驚く。簡単にいうと、日光写真のような感じ。作品として作る場合は安定性・画像の保全性とかいろいろ問題はあるかもしれないが、単純に像が写りこむのが面白い(写真は日本滞在中のミゲル氏サンプル制作)。

アンソタイプ
「カメラ・オブスクラ」
は夢中になりますね~。これ、カメラの原型です。

カメラ・オブスクラ1  カメラ・オブスクラ
ピンホールカメラの原理を紙で再現。写真ちょっと分かりにくいですが、皆この黒い筒を覗き込んでます。

カメラ・オブスクラ2
「眼」に当たる部分をレンズに替えると、中はステキな異空間に・・・!

カメラ・オブスクラ3
覗いた中を頑張って撮ったのがコレ。片手でカメラ・オブスクラを支えてカメラで撮るのは無理だったので、他の人のを覗き込ませて貰って撮影。そう、像は逆になるのです。

IMG_6588
合間に、「光」についてのワークショップを行う。カメラの「穴」を通してお互いを見る。そうか、光って常に直線ですね・・「知覚」に関してのワークはとても面白い。

カメラ・オブスクラ4
その後、ダンボールで大きいバージョンをミゲル氏が作成。これに夢中になる大人たち。

カメラ・オブスクラ5
古典絵画調に見えるんですよ。ちょっと亡霊チック?でもありますが、レンブラント調なのが嬉しい。皆さんで撮影大会に相成る。

Fototaxia
最後に、ミゲル氏のブラジル・ベレンで立ち上げたFotoativaという集団についての話をスライド付で伺う。

元々は写真家たちの集団として活動は始まったそうだが単純に写真の撮影ということだけにとどまらず、今回のように「光を視る、感じる、知覚する」というところからのワークショップを学校・公共施設などで展開。現在のFotoativaの事務所も、元々崩壊寸前の老朽化した建築物だったそうだ。何とか再生できないかという依頼があり、アーティストたちが模索しながら新しい発想で使える場所にして来た。

住人が少なくなり治安も悪化しつつあったベレンという都市が、魅力ある場所に変貌。その活動が評価され彼は文化勲章を受章したそうです。現在のFotoativaメンバーアーティストは写真だけではなく、どちらかというとコミュニティの創造を扱う人が多いということでしたが、アートと社会の本来の関係ってこんなのでは無いのかな・・と思った私。

私は作品が世の中に対する「批評」で終わってしまうのって、どうなんだろう・・って違和感を感じてきたのですよ。

今現在の社会問題を「一般に受け取りやすい形で提示する」ことによって、解決への道しるべを作る。そこをアーティストと呼ばれる人が担っていて、実際にある都市が変貌しているという実例を聞くのは凄く刺激的でした。これからやるべきことの、参考になったかな・・よく分かりませんが、日本に山積する課題も「知覚」というところから解決するヒントを得られるのではと思ったのでした。

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