イマドキの子どもをめぐる環境について(後編)

木蓮 幼児教育

さて、前編の続き。色んな意味で怒涛の夏休みが終わって、9月のある日。小4の娘が言う。

夏休みにしょっちゅう公園で会ってた子、叔母さんとその子どもと生活してるねん。でも休みの日とかにおばさん達が出かけると、居場所がないねん。

という。なんのこっちゃ、である。

何でもその子は、目の前で実の母親がお祖母さんに「こんな子産まなければ良かった」というのを聞いたという。

その場に居合わせた母親の妹(叔母さん)が、激怒。
当然である。
しかしその子のお父さんも、その子には全く興味がない。

そこで叔母さん家族と実の両親は家を交換して、その子は叔母さん家族と一緒に住むことになったという。しかし、たまの休みに叔母さん親子が出かけると、あぶれてしまうわけですね。

で、よるべなく、公園に行く。

聞くだけで、悲しくなる話である。

自分の親からの、この言葉!
存在の「全否定」。物凄い暴力だ。

その子はこの事実を、乗り越えられるだろうか・・。

そして、それを聞いた我が娘も勿論、聞くことによって暴力を受けている。

夏、公園でしょっちゅう会っていた同じぐらいの年頃の女の子は二人。
もうひとりも、似たような感じの家庭環境のようだ。

私もシングルマザーだが、別にうっかり出来たから産んだわけじゃなくて、欲しくて授かったんだから。それは本人に伝えてあるのに、時々変なことをいうから何やと思っていたら、完全にこういう子ども達に引きずられている。

勘弁してくれよ〜 たまに公園遊びに行くぐらい、安全な環境にしてほしい。

まぁ話聞いたときに、実に娘は父親似やな〜 とも思ったのであるが。
少なくとも、9歳の子どもが聞く話ではない。
その子達も大人には話せなかったのだろう。結果娘が話しを聞くことによって、下手なカウンセラーより凄い仕事をしてる。

まぁ派生して私にもギャーギャーいってて、訳わからんながらエライ大変な目に会ったが(最中にはその状況が把握しようがなかった)。

9月の段階ではこの子たち、今は母親とうまくやっていってるよ。とか言ってましたよ。

正直、なんだかな〜 である。

(あ、友人の皆様、多分娘自身にとっては終わったことなので、今更本人にコメントしても〜です。忘れてる可能性もありです。学校には報告しましたが違う学区の子どもたちなので、大分具体的アクションは難しい感じでした、、)

それはさておき。

子どもが少ないエリアに住むウチの子でも少なくとも、3人出会ってるわけですよ。こういう強烈な親からの暴力を受けている子どもに。ここらへんは年寄ばっかりで、学校もひとクラス20人ぐらいである。出会う確率高すぎやしないか?

・・・というより、日本国中、こういう状態の子どもがワンサカ居るんじゃないかね?

ウチに山盛り来ちゃう、子ども向けのいろんな漫画本やらなんやら。
これって大人が子どもに心を砕く代償に与えた「お金」。で買われたものじゃないか?

だとすると、これは恐ろしいことである。

子どもたち自身にとっては、挨拶代わりの「モノ」だろうが。

彼・彼女たちが本当に欲しい「親」からの注意・関心ーー「気持ち」は永遠に与えられずに、絶え間なく、与えられる「モノ」。

もう、その中に取り込まれて、窒息死させられそうである。

多分あんまり考えずに、安直に「おかね」を渡されているのだ。

今の子ども達は、まるで買い物依存症のようである。

いくら買っても、物足りない。
別に欲しくて買ったわけじゃないから、新品のまま、人にあげる。
そうやって常に買い続ける。これがあちこちで常習化してる。

今始まったわけじゃない。

娘が学童に行ってた1〜3年の間も、絶え間なく誰彼となく我が娘に「カラフルなビニール傘」を支給。常に5〜6本は貰ってきてあるのだ。なんやしらんが、すごい勢いで買ってる子どもは珍しくない。

この憶測、穿ち過ぎであろうか。
そんなに的を外してはいないと思うが。

これに対して、コメントするのは簡単。

簡単にモノが買えるようになったから難しいね〜
とか。

やっぱり、ちゃんと親がかまってあげないと。
とか。

危機的状況なのだ。

そして、なんとかしてくれる
「誰か」は居ない。

これが問題だと思うなら、あなたは今から何をしますか?

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