ちょっとご無沙汰の投稿。ホントは母のウェブ上作品集作ったので、その話題にしようと思っていたのだが、予定変更。
昨日、縁あって亀岡までフリースクール・「学びの森」さんの見学に行って参りました。私、つい最近まで知りませんでした。ここの存在。
なんと、稽古場つながり・・師匠が訪問すると聞きつけてお供させていただくことに。ちなみに師匠は身体教育研究所の人となる前は、元々日本人でも初めて?くらいの時期にアメリカのフリースクールに滞在・取材した人でもあります。身体教育への興味から整体協会につながり、結局稽古場の立ち上げにどっぷり浸かることになって子どもへの教育からは離れたそう。30年後まさか私がこども向け稽古会の企画持込をしたころから、ぐるっと一回りして昔探究してた世界に繋がる事になろうとは・・長生きはするもんだと新年の挨拶に書かれてましたが、まだ60歳代じゃん。
場所は、JR亀岡駅からバスで15分くらいのところ。なかなかいい感じです。
しかも真向かいが、小学校だ!(建物を背に振り返ったらこの風景)
エッ。て感じ(フリースクールなのに?)だが、元々ここは私塾。なんでも一人の不登校の子どもの受け入れから、昼間も学びの場を設けていくという活動が始まったそう(参考・オヤノミカタさんの取材記事)。
ということで現在、昼間の小中学生対象「フリースクール」・高校生対象「ハイスクール」、放課後の塾事業「探究スクール」の三本柱で展開されているそう。お話伺っていると不登校の子どもたちの「居場所作り」ということより学習ということ自体への興味、「こどもとの学びの方法の探究」への意欲の強さを感じました(私個人の印象)。
不登校になると、どうも昼夜逆転生活・ひきこもり児童になりがちなんだそうだ・・そりゃ、昼間子どもが外うろうろしてたら、学校は?と近所の人に言われるものな~
大学生くらいの年齢でも、ふとしたきっかけで外に出れない状態になることもあるらしい。う~ん、データ化されてませんが、社会生活に参加できなくなっている若者は最近結構な数になっている模様。。
そういう人達に、どういう支援ができるのか。というところでの取り組みなんたんユースHUBもされているそう。現場でつちかったノウハウがあるからこそ・・であると思うのですが。
今回は北村塾長夫妻と、結構長時間多様な内容についてお話させていただきました。
その中で塾長が言われていた、「物事の判定に使っている『ものさし自体の正当性』を常に検証する」という話が特に印象的でした。
”今現在通ってきてくれている子の中に所謂発達障害的な傾向を少し持つ子どもが居るのだが、日々触れ合う中で本人が見せる卓越した能力を自分たちはよく知っている。しかし将来の進路を決める為の「判定」の枠の中に、それを拾い上げ評価できるものが無い。では、そもそもその判定に使っているものさし的なものは果たして有効なのか・・。”
常に「こうなんだ」と思う枠組み自体を疑いながら、日々子どもたちと触れ合うところから見えてくるものを大事にしている。と言われてました。忙しい中、時間割いていただいて有難かったです。京都市内からも充分通える距離、興味ある人はウェブをご覧あれ。
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