6月も後僅か。とにかくバタバタと決まる感じの日々。ここ数日今年秋展開予定のイベント仕掛けに追われてましたが、夕方になってやっと全貌(というか、やらなきゃ表ですね)が見えてきたところか。

雪柳庵の枠組みで、企画屋やるぞぉ~~! と言ったら(このブログでしか言っとらん)、

すぐ来た。依頼(驚)。

まぁ企画自体にギャラが発生する前提ではないのだが、サンプルとしてやらせてもらうのには申し分ないぐらいの条件獲得。ありがたや~~

決まる時はすぐ決まる。9月から月一回のペースで、「とあるところ」でイベント展開致します。
詳細はまだ明かせませんが、我乍ら・・これはおもろいで~~

客一人も来なくても、自分が聞きたいからやります。イベント。初回はトークイベントになる予定。といっても、内容が内容なだけに、ちゃんと広報打てばそれなりに客来ると思うけど。

先方は最初から継続企画を。という依頼なので、「子連れでいける」「温故知新」「芸に遊ぶ」をテーマにいろいろ「ほんまもん」を展開しますよっ。

なんか、もう「とりあえず」とか「間に合わせ」とか「これくらいなら」とか、もう要らんなと。

変な例えではあるが、昔から「適当なもの」で済ませられなかった私。大学の下宿してた時どうしてもカラーボックスが嫌で、本を仕方ないからダンボールに入れて立てて置いていた(笑)。そりゃないやろって友人には言われたが、変な家具入れるくらいだったら、無いほうがましと思っていたのである(本を生で積んで山のように置くのは嫌だったんだよな。。何故か)。

それから20年以上経って、好奇心や色々な焦燥から選び抜いていないものを適当に買ったりする事もあったが、結局「適当なもの」って処分も困るのよね。。ということを学んだ。どうも入ってくるとき間に合わせだと、何でも使い尽くせない傾向があるような気がする。

人でも物でも、面白いぐらい出会いが必然だと最初の一瞬で分かるし、そういうものだけが自分の中で残っていくな、、と最近感じて居るのです。

晴哉先生の「全生」じゃないけど、やっぱり「今」を使い尽くしていきたい。
辰巳浜子さんみたいに、死ぬ時に「ああ、私は自分の体を使い切った」と言える様になりたい。これが当面の目標。