続きの話題を書くつもりだったのだが、変更。昨日、明倫で行われた「3歳からの性教育」をテーマにした徳永桂子先生の講座に参加してきた。大事なことだから、ここで聞いてきた内容について情報を共有したい。

皆さんは「性被害(レイプ)」と聞いた時、どのようなシーンを想像されるだろうか?

若い女性がミニスカートなんぞを履いて、人気の無い夜道を一人で歩いていた。突然どこからか見ず知らずの男が現れ、押し倒されて無理やりペニスを挿入射精された。

というものではないだろうか。

確かに、そういう性暴力もある。しかし現実、実際におこっている性暴力(レイプ)被害の殆どは、違う。

7割以上が、お互いが顔見知りの間柄で。
近所の顔見知り、師弟、友人、親子兄弟姉妹、職場上司と部下、同僚、恋人同士、夫婦間。

分かりやすく言おう。

子作りのためではない性交渉(セックス)の時に、コンドーム使用(避妊)がされてなかったら、それは性暴力である。

相手が望むからと、妊娠を望んでいないのに避妊をしない相手を受け入れてはいないだろうか?

残念ながら、あなたは自分自身を大事にしない無知なレイプ被害者で、相手はただのDV(ドメスティック・バイオレンス)男(又は女)である。これは、愛情表現ではない。

恋人間でも、夫婦間でも起こっている。

性交渉はお互いが望む時にのみ、成立する。相手が嫌悪感を抱けば、それは全て暴力。

殴る蹴るだけが暴力ではない。言葉や、無言の圧力、相手が恐怖感を抱く行為全てが暴力である。知らず知らずの間に、自分の子どもに行ってはいないだろうか。今、私自身が自分に問いかけながらこの文章を書いている。

何故、このようなことが日常的に起こってしまうのだろう。

それは、無知ゆえ。
延々と引き継いでしまったジェンダーの無意識下の教育の効果である。

徳永先生は、分かり易いひとつのサンプルを見せてくれた。
小学生高学年女子向けと思われる恋愛コミック。

付箋がはさんであるのが分かるだろうか。この一巻の中に、生々しい主人公の女性がレイプされる性表現(セックスの描写)ページが8箇所。これは、編集者側の意向で作られた表現だという。売れないからと。実はその部分の写真も撮ったのだが問題があると思うので、ここでの画像掲載は控えさせて頂く。

女性は、男から性的に襲われて恋愛が始まる。最初は訳も分からず受け入れているうちに、自分も性的快感を覚える関係になってきた。そして、素敵な恋人同士に。

というストーリーが当たり前のこととして、幼いころから無意識下に刷り込まれていく。

今現在、すぐ目に触れられる日本の性にからむ描写の殆どが、これがスタンダードであることを認識しよう。男は襲うもの、女性は無防備に受け入れるもの。多分、その前提は私自身の中にも知らないうちに教育され、埋め込まれている。

本当は、対等でない間柄での恋愛などありえない。

シングルマザーの私が言うのも変な感じではあるが、私は自分が望む時に、望む相手との性交渉で娘を授かった。素晴らしい体験であった。数年動けないだろうからしっかりまとまったお金も事前に用意したし。まぁ、予想外に原発事故による避難移住でえらいこっちゃになったが。

だから、できちゃった婚とか、もう理解出来ないのですよ。
なんで皆、もっと自分を大事にしないのだろうか?

多分、襲う側も襲われる側も、人生を侵食されていっていると思う。

本当は、人との関係を結ぶのは素晴らしいこと。変な前時代的な価値観に飲み込まれ、振り回されている場合じゃない。

もっと、これから沢山の人と愛し合いたいと思う。